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学びの結晶化

徒然なる学び

昨日合ったことを言語化できていなかったので、今日言語化する。

昨日は、お昼過ぎまで映画を見た。そのあとスタバに向かい、アンケートを書いたり最近の講座のレポートを書いた。久しぶりに幼馴染に会い、積もる話をしたが、なぜか恋愛の話になり、大した恋愛経験もない僕はそれっぽいことを言って話を切り上げた。

 

そのあとからが本番である。久しぶりに会う社会人の方とご飯を食べた。4時間近くも話しに付き合っていただき、実務的なことからマインド的なことまで色々な話を聞かせてくれた。中でも、僕の印象に残っているのは、決断経験値と、選んだ選択を正解に持っていくと言う考え方と、度胸の三つの話だった。

 

決断経験値とはとある会社で大事にされている考えだが、この会社では、部下に決断の機会を何度も与え、そん人の決断に関する経験値が溜まるようにしているらしいのだ。自分で決断していないことは、何度でもいいわけだ出てくるし、簡単に人の所為にしてしまう。しかし、自分で決断したことは、どうしても自分の責任になってしまうし、失敗した時も二度と繰り返さないという意思や学びが多くなるということだった。僕は最近どんな決断をしたのかを振り返ったが、あまり重要な決断はしていないように思える

。そこに重みも、深さもなかったような気がする。フィリピンにいる時は、毎日が決断の連続だった。今日からでも、意図的に自分の決断を増やし、自責で動けるようにしていく。

 

次に、AかBかで選択を迷っているくらいなら、さっさと決めて、選んだ決断を正解に持っていくよう努力をするべきだという話があった。これは、当たり前だが、目から鱗だった。特に最良の決断をしようと考えていた僕だったので、選んだ先をどうにかするという当たり前の思考が足りてなかった。選んで終わりではないのだ。選んでからスタートなのだ。選んだら勝手に結果がくるわけではないというのを改めて気づかされた。自分で決断し、それを正解に持っていけるよう努力しよう。

 

最後は、度胸であるが、上の立場に行けば行くほど度胸が据わっているし、何か不測の事態が起きた時に、どうにかなるだろうという思考があるらしい。それは、失敗したことの規模にも影響を受けるのかもしれない。人よりでかい失敗をすればするほど部下の小さな失敗に気にならなくなるというものだ。また、ディベートとかでは準備した人と準備していない人が戦った場合、統計的には準備していない人が勝つらしい。これは、準備していると準備していない分野の話になった時に、答えがないので困窮するらしいが、元から準備していなかったら、なんとかその場で答えを出そうとしてそれでうまくいってしまうことがあるらしいのだ。

 

マネジメントの話も聞けた。人をマネジメントするとき大事なのは、適切な目標設定と、方向付けらしい。これは、当たり前なように思われるかもしれないが、自分の能力以上の目標を設定されると燃え尽きてしまうし、逆に簡単すぎると暇になって余計なことを考えてしまう。人事部の仕事は、社長の意向を共鳴のレベルで理解して、それを部署単位で達成目標に落とし込んで、それを従業員単位で達成するというのだ。できる人には仕事を与え、できない人には、より適切な目標設定をする。

 

僕は、もっとぶっ飛んだ人やぶっ飛んだ失敗を見てみたい。何か型にはまって、小さな失敗ばかりである。どうせなら家を売らないといけないレベルの失敗や、死にかけたレベルの失敗、社会的信用を失うくらいの失敗の方がこれからの失敗を恐れる人たちに何か提供できるものがあるのかもしれない。

 

まこる