書評 サピエンス全史 上下巻を読んで

 

 久しぶりです。ここ半年は、大学院の試験のために卒論や研究計画書、TOEICの試験(英語の成績として提出義務がある)などに追われ、ブログの更新ができていませんでした。結構激動の半年を過ごし、9月からは落ち着いてきて、カンボジアに行ってみたり、離島で遊んでみたら色々エンジョイしてます。

 

 そんな中でただ何も生産しない生活は心苦しいので、本を読んだりは続けているのですが、最近読んだ本の中で非常に面白い本があり、それが『サピエンス全史 上下巻』です。簡単に内容を述べると、他のホモ科や人類の中で、なぜ私たちホモ・サピエンスだけが生き残ったのかという疑問に歴史的な編纂から整理していくという内容です。そして、その結論として人は虚構(フィクション)を信じる力があったから、共通の虚構をもとに協力することができたので他の人類に比べて大きなまとまりで行動できたことが理由としてあげられています。

 何千万年という単位で生き延びたネアンデルタール人を例に挙げて説明すると、私たちホモサピエンスは、1000円札を見たときにそこに1000円分の何かを買える紙幣だと認識することができます。しかし、虚構を信じることができない、もしくはその能力が弱いネアンデルタール人は、それはただの紙じゃんと言っちゃうって感じです。なので、物々交換しか認めず、貨幣の機能である価値を普遍的に保存することで、今日生産したお米が来年の砂糖になるというようなことはできません。今日のお米は今日の砂糖にしかならないのです。

 他には、宗教という虚構を信じられるのもホモサピエンス特有の能力であると述べています(個人的には何かを信仰することは素敵なことでもあると思ってます)。単一の神のもとに、人が価値観を同じにし、その共通の価値観のもとに生活や共同体が築かれていく。そのような目には見えない、想像の世界であるものを信じられるのは私たち特有のことなのです。

 他にも帝国が反映した理由など様々な虚構と私たちの歴史や価値観のつながりが述べられており非常に示唆に富む内容でした。是非皆様にも一読していただきたいです。

 

 以上がサピエンス全史の内容なのですが、今回あえて考えていきたいのは、この虚構を信じるのが私たち特有の能力であるという点です。この地点について考えを巡らせることで、人々の協力方法について新しい知見に到達できるのではないかと考えています。虚構とは、つまりないものを信じることで、それには期待や心配なども含まれると思うのです。そして、未来への認識と、これまでの過去の経験をもとに、構成されるのが今この瞬間に自分が信じている虚構ではないかと考えます。誰かに何かの虚構を信じてもらいたちときは、その人の過去に対する経験を聞き出し、その過去にどのような解釈を与えているのかを整理します。そして、その人の持っているメンタルモデル(ある一定の見方)を特定します。例えば、面白い人は出世しやすいなど。このようなメンタルモデルを特定できたら、それが新しい虚構を信じる上で、益するのかそれとも害するのかを分析します。面白い人が出世しやすいという虚構を持っている人にとって、出世した人の多くは、学生時代いじられキャラとして鍛えられていたという虚構は信じやすいかもしれません。逆に、役職持ちの多くは冗談が通じないという虚構は、否定したくなるかもしれません。だから、新しい虚構を人に信じてもらうには、その人の現在の虚構を理解する必要があります。その質問は、コーチングなどの知見や、ある特定の物事に対するその人特有の解釈を聞き出していけば見つかると思います。できるだけ正解が見えないものでその人の考えを引き出していくといいかもしれません。

 次に、信じてもらいたい虚構と今相手が持っている虚構が大きくかけ離れている場合は、どうしたらいいのでしょうか。僕の見解としては、現在持っている虚構を手放してもらうことを始めにする必要があると思います。その虚構の正当性をなくすために、小さな質問を重ね、それ以外の視点はないのか、自分の解釈と事実に飛躍はないかなどを気づいてもらいます。先述の例で言えば、面白い人は出世し易いという虚構の例外はないのか。官僚はみんな面白いのか。そう言える理由は何があるのか。出世に影響するのは面白さが一番なのか。男女で差はあるのか。職種で差はないのか。など小さな質問を重ねていき、その考えが自分の解釈であることを洗い出します。それによって、持っている虚構を一旦ゼロベースにします。そのあとに、別の見方ができる可能性を提示します。例えば、面白い人は、戦略家が多い。戦略的に行動できるので出世し易い。だから、面白い人=出世できる人ではなく、戦略的に動ける人=出世できる人である。だから、戦略的に考えれる術を学ぶ方が出世の一番の近道である。というようなものです。

 このような考え方は、一種の洗脳だと思っています。ただその人が自分の持っている考えに納得できている限り、それは洗脳ではなく選択だと思うので自分の中ではありなのかなと思います。アドバイザーやカウンセラー、教育者など人のメンタルモデルに影響を与えれる人たちは、自分の発言によってその人の価値観が変わってしまい、ある種の洗脳行為をしたかもしれないと悩むかもしません。自分も、理想の社会があり、その実現のために自分のキャリアを重ねていくつもりです。しかし、この本を読んで思ったのは、それも自分の虚構を他の人々に共有しようとしていることであり、これまで人類がたどってきた歴史と何ら変わらないのだとしたら、自分のやろうとしていることは果たして善なのか。そんなことを最近は考えます。まぁ、影響と結果に常に責任感を持って関わり続けることかとは思います。

 

 まぁ、そんな感じです。サピエンス全史は非常に面白いのでぜひ読んでみてください。

 

まこる