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1日を振り返る 〜何故するのかに答えられない〜

今日の1日を振り返る。

昨日から今日にかけてビックイベントに参加することが立て続いた。

昨日は、学生の一歩を後押しするイベントであり、そこに対象とされているメインターゲットとはいい意味でずれているので、去年参加した時との違いからイベントを見に行くことができた。

 

 

今日のイベントは、ある会社の中高大学生向けの人材育成事業の発表会プラス社会人登壇者の講演会に参加した。このイベントのメインターゲットは未来の事業家、企業家、沖縄を引っ張っていける社会人であろう。そこに関しては僕は、ターゲットに入っていると思ったし、楽しくイベントに参加することができた。

 

しかし、今日のイベントの中である言葉に出会った。女子高校生起業家の方の言葉である。彼女は、1年半事業を続けてみて、いろんな困難に出会い、色々なプレッシャーにもさらされた。その中で、自分がなぜ起業家といて頑張っているんだろうという疑問が生じた。その時に、『自分はイノベーションを求める大人が喜ぶ答えを追い求めているのんじゃないか?』ということが頭に浮かんだと言ってました。

これは、僕にも響いた言葉でした。自分は社会を良くしたい。もっと良い未来に進んでいきたい。という目標があったのですが、その目標みたいなものは自分のどこから生まれてきたものだろうか?という疑問が湧きました。僕の周りには輝いている大人たちがたくさんいます。その大人が喜びそうな言葉を言っているだけじゃないか。みんなが応援してくれそうなことをやっているだけじゃないか。そんな疑問が自分の中から湧いてきました。強い原体験が自分の行動の源になるという話をリクルートの方が話していましたが、その強い原体験は自分の中にあったのですが、僕の行動が自分の内側から本当に湧いてきたものかはわかりません。

 

間違った梯子を早く登れば、間違った目的地に早くつくだけだ。という言葉があります。またスティーブジョブスさんは死ぬときに、もっと愛を大切に生きていけばよかったと後悔したといいます。僕は死ぬときに後悔せずに死ねるのでしょうか。そもそも後悔しない選択肢なんてあるのでしょうか。誰のために何をしているのだろう。国際協力をやる意味を『僕たちは世界を変えることができない』という本を書いた方は、自分のためにやるより誰かのためにやる方が楽しいでしょ。だからやるんだよ。と言ってました。僕も自分のために何かをする時間よりは人に何か良い影響を与えられた時間の方が生きている実感がわきます。

 

正解なんてないし、納得なんて一生できないのが人生なのかもしれんません。

 

模索しながら、もがきながら生きていこうと思います。

 

まこる